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好きにならずにいられない

2021年3月21日

 

アイスランドから、邦題とジャケットからは大きくかけ離れた映画が届きました。

 

原題 FUSI/VIRGIN MOUNTAIN

 

配給会社は猛省したほうが良いと思います。

 

こんなに良い映画を、こんな邦題タイトルとジャケにした罪は重いです。

 

 

 

さて、主人公フーシは中年、巨漢、ハゲ、実家暮らし、童貞、ブルーカラーという、いかにもモテない男の代表のそれです。

 

しかしフーシは仕事は休まず、母親思いで、人々に優しく接する純粋で少年のような男です。

 

 

残念なことに、彼を理解してくれる友人はただ一人。

たまに第二次世界大戦ごっこをしてくれる、無口な友人が一人です。

 

 

 

ある日フーシは部屋に入れずに凍えていた、同じマンションの女の子と仲良くなります。

 

フーシは女の子と第二次世界大戦ごっこをしようとしますが、授業のような空気になってしまいます。

「ここはどこか解る?」

「わかったわ、エジプト。このお家の感じでわかったの」

「そうエジプト。伝説になっている攻防戦があった場所だよ」

「ふーん。」

 

 

その後、同じマンションの女の子とドライブに行ってしまったフーシは、女の子の父親に通報されてしまい二度と近寄れなくなってしまいます。

 

 

ある日、ひょんなことからダンスレッスンに参加するフーシ。

あまり馴染めずに居ると、40代の中年女性に声をかけられ仲良くなっていきます。

お互い意識しながら、純粋なフーシは少年の男の子のような純粋で献身的な態度で中年女性に接します。

 

一方女性はメンヘラ中年女性。

どうして私を相手にするの?と、どこから目線なのかわからない情緒不安定さを見せます。

 

 

それでも友人のような、恋人の手前のような時間が過ぎていきます。

 

「旅行に行きたいわ」

「僕は海外旅行に行ったことがないんだ」

「旅は素敵よ。私は好き」

 

数日後、フーシはメンヘラ女性にエジプト行きのパンフレットを差し出します。

 

「ごめんなさい。私が悪かった。そんなつもりじゃなかったの。友人として一緒に行くならいいわ。」

「部屋は2つでとっているよ。」

 

 

メンヘラはフーシを振り回します。

 

 

フーシはある日うつ病でメンヘラの中年女性が部屋から出られなくなっていることに気づきます。

フーシは言葉少なく、食事を用意し、部屋を掃除し、花束を買ってきます。

そしてメンヘラがクビにならないように、自分の仕事の有給を使ってメンヘラのごみ収集の仕事を代役で出勤します。

 

メンヘラ女性に元気になってもらうために健気に尽くした甲斐もあってか、

ある日、フーシの願い叶って部屋から出てくるメンヘラ。

勢い余って、メンヘラはフーシと一緒に生活したいと打ち明けます。

そしていつか夢だった花屋をやりながら生活したいと空いたテナントを見に行きます。

 

 

 

フーシは40年以上自分の全てだった第二次世界大戦ごっこのおもちゃや、宝物だったフィギアと、大切な母親を捨て

メンヘラの家に引っ越すことにしました。

フーシは容易くも純粋に全てを捨てて、メンヘラに捧げます。

 

そして引っ越しの最中、メンヘラはフーシに告げます。

 

「ごめんなさい、私が悪いの。一緒には住めないわ。」

 

フーシは混乱しながらも

「どうして欲しい?」

メンヘラは一緒に住めないはっきりとした理由も言わず、どうして欲しいとも言いません。

 

フーシは肩を落とし、唯一の友人と一緒にまた荷物を車に積み直し帰っていくのでした。

 

 

そしてフーシは空きテナントだった部屋を契約し、花屋の内装にドレスアップし、鍵と短い手紙をメンヘラの家のポストに入れメンヘラと会うこともなくフーシはその場を去ります。

 

 

 

その後フーシは小さい荷物をまとめ、エジプト行きの飛行機に乗っているところで映画が終わります。

 

 

アイスランドの寒そうな景色がより一層のこの映画の暗さを加速させます。

 

フーシを馬鹿にしたり、いじめたり、嫌がらせをしていた人たちが

気まぐれにフーシに謝罪をしたり赦しを乞うシーンがあります。

どれも本心からの謝罪ではなく、保身のため、自分の心を軽くしたいがための謝罪。

そしてフーシは何も恨みがないかのように気がなく返事をすると、相手は「ほっと」した表情を浮かべるシーンがいくつかあります。

 

おそらくフーシが一番辛いシーン。

映画では、その場面にフォーカスされていないけれど見逃すことの出来ないシーンになっています。

 

 

「愛は地球を救う」や、「好きにならずにいられない」というタイトルを付けた人は、

 

きっと愛とか、好きとか、言葉の意味を知らない人なんだとこの映画を見て思いました。

 

 

 

フーシは他人と深く関わらないことで傷つくことを避けてきました。

人に興味を持たないことで、裏切られることを避けてきました。

 

しかしある日、メンヘラから興味を持たれてしまって人間関係の楽しさを知ってしまいます。

そして与えることが愛だと、純粋なフーシ思うわけですが、当然あらゆる者たちが

純粋なフーシから全てを奪っていきます。

 

 

好きとは与え続けること。

そしてほとんどの愛はリターンが必要だということ。

リターンを求めない愛の行先はフーシであることの証明のような映画でした。

 

ダンス教室、海外旅行に行くようになったフーシは、いわゆる普通の人になっていくのでしょうか。

そして普通の人になっていくことが良いとされる世の中に感化され、みんなと同じような人間になっていくフーシ。

そこに待っている世界は、リターンを求める愛?それとも無関心が産む平穏?

 

これからフーシは大人になることに耐えられるのか、深く淀んだ気持ちになる映画でした。

 

 

 

 

大切な事はいつも映画が教えてくれる。

 

いい映画を皆様の生活に。

「旅する美容室」

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